« 2006年4月 | トップページ | 2006年6月 »

2006年5月29日 (月)

マイライフ ウマイ酒!

ここ最近、晩酌する酒の種類が変化した。「泡盛マイブーム到来」てな感じである。

この歳になるまで→カクテル(ラム、ジン系)→黒ビール→日本酒→イタリア赤ワイン→フランスワイン→焼酎といった具合に、だいたいのお酒を嗜んできたのだが、まさしくこの泡盛は「やっと出会えた最適な酒」と言ってもいいぐらい気に入っている。

仕事で朝が早い私にとっては二日酔いはなんとしても避けなくてはいけない。目覚まし時計だけが唯一の味方だ。なんとしても自力で起きなくてはならない。隣で寝ている良くできた嫁は夢の中だ。そんな私のライフスタイルにもマッチしている。なにしろ飲み過ぎても後癖がないのだ。日本酒にはもう戻れない気がする。

それは車の趣味にも似ている。若い頃は外見やスタイルのみを追ってきたが、最近では機能性を重視している。二日酔いにもならず、胃にも優しく、酔うスピードもちょうどよい泡盛は機能的な私に合っている。

泡盛を毎年ごとに、瓶に詰めて継ぎ足しながら4~5年ほど熟成させて造る、古酒(クース)もそのうちにチャレンジしたいと思っている。そのためには、10リットルほどの瓶を最低4つ確保しなくてはならず、置き場所に頭を悩ませる今日この頃である。

Imga0280

   

  

 シイラのフライと自家製タルタルソース

2006年5月25日 (木)

ウマは旨い!

Umazurahagi1 「今年はウマのハズレ年だな・・」

5月3日の釣行の帰りにはそう言っていた。なぜなら私の大きいクーラーボックスの中にはウマズラハギが2匹だけしか入っていないからだ。そういう事を言っているのは全国できっと私だけだろう。ウマとはウマズラハギという魚の事で、おちょぼ口でエサだけを盗み取り釣り師からは外道扱いされ、どちらかと言うと余り好かれない魚だからだ。(社内では、私の宣伝のおかげで愛好家が急増)

しかし、私はこの魚をメインターゲットとしている。春先の日本海での沖釣り五目だと、だいたいチダイ、ウマズラハギ、メバル、カサゴ、アジ、ソイと釣れる魚は決まっているが、私だけはウマズラハギ狙いである。なぜならこの頃のウマズラハギは越冬し、肝がパンパンにふくらみ身も臭みがなく本カワハギと比べても引けをとらないのだ。そして何よりもサイズがでかい。我が家ではウマズラのキモ和えは春の風物詩となっている。キモ和えだけではない、ちり鍋もフライも最高に旨い。残ったヒレや骨を強く揚げて塩をふり、せんべい風にすると酒の肴にももってこいで、たいそうウマイのである。

・・・しかしである。今年のウマズラハギの成績は散々であった。大雪による雪代の流れ込みで引き起こされる低水温と、日照時間不足のせいで、ただでさえ食いが悪く口を大きく明いてくれないのに、寒暖差が大きく海流が安定せずに潮が早すぎる日が多くコマセで集めた魚が散ってしまうからだ。特にウマズラハギは泳力が弱く浮いてきても速い流れで散ってしまうことが多い。魚探にはそれがはっきり見受けられた。「感度は最高にあるのになあ」そういって惜しむ日吉丸http://www1.kl.mmnet-ai.ne.jp/~yoshimoto/の船頭の姿があった。サイズも例年よりも小型だった。

家に帰り、貴重な一匹を捌く。延髄に骨まで切り込みを入れ、お辞儀させるように折りまげると内臓やキモまでキレイに外れる。ヒレと角と尾びれを切り落とし、皮を引っ張るとつるんと簡単に剥ける。三枚に下ろし、残った中骨はぶつ切りにし、ヒレと共にせんべいにする。キモは内臓から手ではがし取り、醤油に溶かし刺身の漬けダレにする。身は薄皮の方を下にして削ぎ切るようにお造りにする。

何とか、2皿分のお造りが出来た。早速「もっと」と言い息子がねだってくる。また一口、また一口と私の分が無くなっていく。どうやらこの分だと満足が出来るのは来年まで持ち越しのようだ。「今からまた来年が楽しみである。」

2006年5月18日 (木)

石垣パヤオ釣り紀行~その5~

Img_8926 「かんぱ~い!」「乾杯」・・・「うまあ~い」「美味し~い」

その晩は、宴会だった。戦いに勝利した気分だった。丸一日の疲れも吹き飛ばし飲み明かした。まあ、釣れなくてもきっと飲み明かすのだろうが・・。

井戸さんに紹介してもらった居酒屋{シーフードダイニング シュリンパhttp://www.dn-shrimper.com/(ルートインホテルの前)という店は釣った魚をさばいてくれ、なおかつ、お寿司を握ってくれるので釣り人にもってこいだ。お刺身の三点盛り(カツオ、シイラ、マグロ)、マグロの煮付け、カマ焼き、お魚サラダ、お寿司と次々出てくる。今回の旅行のメンバー13人のおいしく食べている姿を見ているだけで、満たされた気分になる。これは釣り人特有の感覚かもしれない。我が家での2才の息子のおいしく平らげる姿は、何とも言えない幸福感を与えてくれる。そんな気分でその晩は飲み明かした。いや飲み過ぎた。

Img_8928

Img_8930_2

                                   

 

 

 

 

 次の日も、またもや観光に行かずに海に泳ぎに行った。団体行動からまるっきりそれている。生暖かい海に入り水中メガネで覗くと透明な海の中に綺麗な魚が泳ぐ豊富な海が広がっていた。「また来よう」帰りの飛行機ではそう強く思っていた、「家族を連れて」。そして私自身、初めての石垣島のパヤオでの釣りだったがあれこれ思案し、行動した事によって貴重な経験となった釣行だった。そして何よりも、井戸さんにはこれからも頑張っていてもらいたい。ああいった釣り人の立場を理解してくれる船頭は今の世の中では貴重だ。厳しい状況に負けずにずっと釣り船としてやっていってもらいたいものだ。、最後になるが、サブトロピカルhttp://subtropical.net/での、井戸さんが言っていた言葉を思い出す。

「釣りには必ずドラマがある」

11   

2006年5月17日 (水)

石垣パヤオ釣り紀行~その4~

「時間がないっ」

今のところ、釣果は船中4.5Kサイズキハダ30本。1M20Cmのシイラ3本。数はあがったが、大物の姿はない。泳がせ釣りの方も、ノーヒットだ。泳がせ釣りで使っている40センチほどのムロアジが怯えている、と大ドモで言っている。大物の気配だ。時はすでに13時。しかしあと2時間ほどしかない、本当に釣れるのだろうか?と言う気持ちと必ず来るという気持ちが行き来する。

そう思い始めた時、井戸さんが思いきってポイントを変えた。パヤオをやめ、どこに行く気なのだろうか・・私にはここに来ての移動は無茶な行動に思えたのだが、親切な井戸さんに信頼を抱く様になっており不思議と何かが起きるような釣り師のカンと期待がふくらんでいた。

15分ほどで着いたそこは何もないような所だった。どうやら水中パヤオらしい。井戸さんから改めて聞き納得した。他のメンバーは半信半疑で仕掛けを投入する。私も残り少なくなった時間を惜しむ暇なく早速、仕掛けを投入する。しかし、先ほどと違いマグロの群れがどこにも見あたらない。3.4流しして「じゃ、最後の一流しで上がります」とのこと。どうやらタイムリミットが来たようだ。隣は「さっきの所の方が釣れたのに~」と悔しがっていた。もう最後なのに、とうとうムロアジの姿も見えなくなった。「何かおかしいぞ・・」そう思っていたが、根気よく蜘蛛の糸作戦は続けていた。「ポイントがずれたのか・・」「マグロどころかムロアジまでいない?・・」ぶつぶつ言いっていると、30Mぐらいむこうに巨大な魚体が現れた。ムロアジはきっと逃げ出したのだ。

「でっけーのおる~!」私は叫んでいた。しかし、いつもの一人言と思われたのか、メンバーには聞こえていない。すかさずコマセを多めに撒き寄せようとする。「今だ撒け撒け~」私は興奮状態だった。この時、この大型の群れは私しか見えていなかった様だ。

トモではシイラがかかったようだ、派手なアクションで走りまくりジャンプする。「終わったな。」シイラの場合横走りしオマツリを避けるため仕掛けを上げなくてはいけない。この時点で私の石垣釣行はこれで終わった。大型の魚体を目の前にしながら、泣く泣く仕掛けを上げる。そう思って巻いていると「痛っ!爪が剥けた!替わってくれ。」シイラをかけているさなか、ケガをしたらしい。どうやらシイラとのファイトで釣り納めできそうだ。

私がシイラと格闘していると、なんとその隣ではまだ仕掛けを流していたらしく、それに何かがヒットした。ダブルで格闘である。ジャンプ、テールウォーク、綺麗な魚体が南国らしさを醸し出す。私が格闘してるシイラはでかいようだ。そして隣も・・。まず先に私が上げた。1M30Cmはありそうだ。一段落し、最後に隣の魚体を見てこの釣行が終わりだな、などと思っていたら竿がのされている。しんどそうだ。「スレかな・」などみな最後のマグロを拝もうとするが一向に上がってこない。そこで協力し合い何とか水面まで上げてみると、でかい!これぞマグロだ!という魚体が上がってきた。井戸さんもこれには驚き、すかさず今日初のタモを用意する。そして2.3度暴れたあげくタモに入った。「20Kはありますよ」井戸さんが言うと、皆の興奮状態は最大限にあがっていく。ガッツポーズをとりながらも夢のような信じられない気分だった。初めての石垣での最後の一流しでビックワンが来たのである。

Img_8924_2

2006年5月16日 (火)

石垣パヤオ釣り紀行~その3~

ガツンッ! 引き込まれるようなアタリと共にクラッチと合わせを入れる。

「間違いない!マグロだ!」

その瞬間グイグイ引き込まれ、これはスゴイい大物だ!そう思った瞬間スウッと軽くなった。あっという間の出来事であった。バラシたのだ。空針だけが虚しく戻ってきた。すかさず仕掛けを投入しようとする。すると隣ではもうすでに3Kほどのマグロが水面まで上がってきていた。井戸さんがすかさず駆けつけマグロを引き抜いた。そして、針をはずしそのマグロを海へポイッ。リリースしたのである。

「わしのまぐろ~が~」隣はとても悔しそうである。そんな複雑な気分を横目に、釣りを再開すると私にも、30Mほど流したところでヒットし、ようやく小さいながらマグロの顔を拝むことができた。リリースしたのだが。

時折、井戸さんが「今、コマセを撒いてっ」と言って多めに撒くときがある。それはきっと、井戸さんには、マグロの群れが分かるのだろう。そのタイミングで撒くと、不思議と皆の竿にマグロがヒットする。なんだか、釣らしてもらっているような感覚だ。なんとしてでも、それだけはつかんで帰りたい。そう思い試行錯誤し、水面を見つめる。

日本海でのフカセ釣りと、このパヤオでの釣りとは同じフカセ釣りでも全く違う。気持ちを切り替える必要がありそうだ。これはサイトフィッシングに限りなく近く、10Mほどでも食ってくる。昼を過ぎ10本近く上げる頃にはコツをつかみ始めた。

やはり、初めに言っていたコマセワークが肝心らしい。水深が1000M以上もあるこの広い海で釣るには、マグロの群れに船の近くまで来てもらう必要があるからだ。回遊だけを狙っていてはものすごく低い確率だろう。イワシを1匹、見えなくなったらまた1匹と、広く深い海に細く長い蜘蛛の糸を作るようなイメージで撒くやり方にした。その蜘蛛の糸が大型の群れを深場から引き込んでくれるような。そんなイメージを常に持ちながら。そこで、エサ取りなどが集まるようならそのままやり過ごし、マグロが見えたら一気に多めに撒く。そうすることによって群れを散らさず、かつピンポイントに狙える。だいぶ釣果が伸び始めた。井戸さんも「コツをつかんだようだね」と言ってくれ、ますます大物への期待がかかる。

Img_8925_1

2006年5月14日 (日)

石垣パヤオ釣り紀行~その2~

不思議と目覚まし時計が鳴る少し前に目が覚めた。

お楽しみの日は決まってそうだった。それは子供のころから変わらない。

「ようし、やってやるか!」5時間ほどだがぐっすり寝た。どうやら昨夜のお酒の影響はなさそうだ。それはきっと、泡盛をメインに飲んでいたからだろう。もしも日本酒を飲んでいたら二日酔いになっていたに違いない。泡盛は蒸留酒のため多少飲んでも二日酔いしにくいのが特徴だとか。石垣島に来て早々我が身で感じた。「おーい、起きてるかー」他の部屋の2人も予定時間には現れた。私は、SPF50+++の日焼け止めを顔、足、耳と丹念に塗り、酔い止めを飲んだ。この天気だと、船酔いよりも日焼け対策の方が重要かもしれない。そう思い、長袖のTシャツにした。他の人にも日焼け止めを勧めたが、日焼けして帰りたいからと断られた。

6時30分に迎えに来るのでホテルの朝食は食べれずじまいだった。しかも、コンビニでお弁当を買おうとしたら7時に入荷すると言われ、数少ない売れ残りの中からサンドイッチとパン2つだけを買い、メンバー全員シマノの2.3倍クーラーボックスに詰め込んだ。ここに来て大活躍である。そうこうしてホテル前で待っていると、サブトロピカルの船頭らしきワンボックス車が止まった。「おはようございます」そこに現れたのは...ギャル男?。

歳は我々と同じくらいの30才前半だろうか?半袖、短パン、雪駄、ロン毛にガン黒こんなサーファー、ギャル男チックな船頭(以下井戸さん)に皆、驚いた感じだった。しかし、サブトロピカルと言えば、石垣島でのパヤオ釣りでは毎日、出船しており実績もある。他の班たちは違う船だが、私は直感的にこの船にしようと決めていた。事前のメールでの相談も親切に対応してくれたからだ。

「どんな釣りがしたいですか?」車の中でそう井戸さんは言った。「大物も釣りたいし、数も釣りたい」我ながら、なんてわがままな相談だろうか。しかし井戸さんは「いいっすよ」あっさり言ってのけた「じゃひとり泳がせをやってみましょうか?」どうやら話のわかる船頭さんらしく皆、安心して船に乗り込んだ。島を離れるとやはりそこは外洋、さすがに波が高い。と言いたいところなのだが、めずらしく1Mほどのうねりしかない。最高の1日になりそうなコンディションだ。飛び魚が至る所でピョンピョン跳び回り、海の豊富さをまじまじと感じる。出船から1時間、石垣島が見えなくなるほどの頃合いになると、直径10Mほどの管制塔みたいなパヤオが現れた。実際に見ると想像よりも大きい。ポイントが近づきエンジンスローになるにつれ、反対に釣り師としてのテンションがどんどん上がってくる。パヤオより潮上に船を着けると左舷に4人すべて並ぶ格好で、各自釣り座についた。右舷は空席の格好になり少し船が傾いたままだ。私はミヨシ(船の先頭)に構えコマセを撒くのを重点に構え、大ドモでは泳がせ釣りで一発を狙うスタイルをとった。

井戸さんが初めの説明で言っていたのだが、コマセを撒くタイミングはとても重要だと言うことだ。撒き過ぎも、良くないらしい。大物になると、そのタイミングがもっとも重要らしい。何とか今日一日で、コツをつかみたいものだ。そう思い2ブロックものイワシを用意した。

試行錯誤し一人でぶつぶつ言いながら、コマセを撒きつつフカセ仕掛けを投入する。オモリを一切付けない釣りなのでコマセと仕掛けを同調させることに神経をおく事とした。初めに4.5匹のイワシと同時に流す。またしばらくして5.6匹撒く。そしてまた、と繰り返す。水は透き通っており遙か30Mほど先の魚の群れまで見える。私の撒くイワシにどうやら集まってきたようだ。「スウッ」糸が軽く引き込まれ違和感を感じ仕掛けを巻き上げると、どうやらエサ取りのようだ。どうやら、エサ取りしか私のコマセワークでは寄せてきていないようだ。何度か流すが、イワシの頭だけ残ってくる。

「針にヒットしないー」隣も皆そうらしい。

果たしてマグロは釣れるのだろうか?

Img_8911_1

   

石垣パヤオ釣り紀行~その1~

青い海。白い砂。飛行機から見える下の景色に私はすっかり興奮している。

「釣ってやるぞ。キハダマグロ!」

待ちに待った石垣島への社員旅行である。社員旅行と言っても観光は初日の半日のみで2日目は丸一日パヤオでの釣りなので実際の所、遠征釣行と言った方がいいのかもしれない。空港でのスタイルもそうだ。他の同僚は革の鞄やスーツケースをかかえているのだが、私はシマノの保冷力2.3倍と大きくかかれたクーラーボックスをゴロゴロと引きずっている。「そんな、大きなの持ってきて釣れなかったらどうするの?」などと言われたが、私にしてみると、これでも小さすぎるぐらいだ。

パヤオとは海に浮かぶ人工的に作られた浮き魚礁のことで、そこに小さな魚が集まり、さらに回遊するマグロやシイラなどといった大物の魚も集まる。大きな海にそういったポイントを人工的に作り出し、フカセ釣りやジギングや泳がせ釣りをするのである。昔は1日中船を走らせ鳥山や流木を探したのだが、今ではパヤオのおかげでそういった苦労はなくなった。30Kgオーバーのマグロなども釣れることもあるとか。しかし1週間前に出船した我が社の違う班は、釣果は船中2kg程度のキハダが10本、シイラが1m2.30が3本とさっぱりっだたらしい。だったら負けていられない。最低でも10kgオーバーは釣り上げるとメンバーはみな鼻息が荒い。皆それぞれ「自分が大物を..」と思っているのだろうに違いないが。

「暑い!」「あっちー!」飛行機から降りると皆、必ずそう叫んだ。(石垣空港では到着すると飛行機から空港まで歩く)焼ける太陽と、モワンとした空気がまだ冬の体に襲いかかる。どうやら天気は良さそうだ。早速釣り師の五感を研ぎ澄ませる。「厚い雲はないだろうか、風は強いだろうか」。パヤオでの釣りは外洋まで出るため、天気が大きく作用する。波が高いと釣り竿を出すどころか、船にしがみついてるだけで精一杯と言う事も多い。船頭に電話したり、ホテルの従業員、バスの運転手と行く先々で人に聞き、明日の天気と波をチェックする。波が高いと釣りにならないのだから、万全のコンディションで望みたい。船酔いすると楽しいはずが、苦痛なだけになってしまう。そして大物釣りを満喫するためにも、初日の飲酒はメンバー皆で控えることと決めていた。一生に一度あるかないかの大事な釣行である。時間、お金、休み、天気、メンバーとすべて揃わないとできない遠征大物釣りであるため、慎重になるのも当然だ。「初日はホテルでおとなしく寝よう。」メンバー4人そう固い絆で結束していた。

はずであったのだが。

「かんぱーい」「乾杯!」数時間後には、泡盛をロックで飲む私たちの姿があった。1軒、2軒目とハシゴである。

明日、朝7時出船。石垣の夜に不安だけが広がっていくのは私だけだった。「ハナハナ~!」

Hama1_2

   

« 2006年4月 | トップページ | 2006年6月 »